【作成】2026年2月18日【更新】2026年2月18日
広島城天守は2026年3月22日に閉城します
広島城天守は2026年3月22日(日)に閉城します。
ということで、閉城する前に行ってきました!
広島城について
広島城(別名:鯉城)は、毛利輝元によって築かれた、近世城郭の先駆けともいえる非常に歴史的価値の高いお城です。
その特徴をいくつか分かりやすく整理してご紹介しますね。
日本を代表する「平城(ひらじろ)」
多くの城が山や丘を利用して築かれる中、広島城は太田川の三角州という完全に平坦な土地に建てられました。
地の利: 水運(船での輸送)と、城下町の発展を優先した都市計画的な造りです。
広大な堀: 山という天然の防壁がない分、非常に幅の広い堀を巡らせて防御力を高めています。
特異な内部構造:最上階の「高欄」
多くの城(姫路城など)では、最上階のベランダのような部分(高欄)は装飾として壁の内側に隠されていることが多いですが、広島城は少し違います。
外廻り高欄(そとまわりこうらん): 最上階の外側に手すりが付いた回廊があり、実際に外に出て景色を眺めることができる造りでした(※現在の復元天守でも、この意匠が再現されています)。これは古い時代の天守に見られる特徴の一つです。
↓天守閣第5層の展望室から見た景色
↓天守閣第5層の回廊
この景色は3月22日以降は見ることができません!
独自の美学を持つ「連結式天守」
広島城の天守閣は、大きな主天守に小さな副天守(小天守)が2つ繋がった連結式という構造です。
外観: 黒い「下見板張り(したみいたばり)」という木の板が壁に貼られており、重厚で落ち着いた雰囲気が特徴です。
歴史的価値: 創建当時の天守は国宝でしたが、原爆によって倒壊しました。現在の天守は1958年に外観を忠実に復元したものです。
復元された「二の丸」の美しさ
1990年代に、表御門、平櫓、多聞櫓、太鼓櫓が木造で忠実に復元されました。
コンクリートではなく当時の工法で再現されているため、一歩足を踏み入れると江戸時代の空気感を肌で感じることができます。
豆知識:なぜ「鯉城(りじょう)」?
お城のある一帯が「己斐(こい)」と呼ばれていたことや、堀にたくさんの鯉がいたことなど諸説ありますが、現在も広島東洋カープ(Carp=鯉)の由来として市民に親しまれています。
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